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自然の循環サイクル、ユックリズム [社会]

my challenger's log Ⅱ 2冊目

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 「鳥が教えてくれた空」

 三宮 麻由子さん、四歳でウイルス感染で、突然失明された方が書いた「鳥が教えてくれた空」という本があります。

 上智大学大学院博士前期課程を修了し、外資系通信社で翻訳の仕事をされている女性です。

 雀の声を聞き、空の高さを知り、夜明けの四時頃から、朝日が昇る八時頃までの時間を聞き分けるといいます。

 鳥の声から、深い癒しをもらい、「生かされていることの偉大さ」に感動するといいます。

「母なる大地が自転を繰り返すと、その動きが地上に乗っているすべての物質や生物に伝わり、光と命が鼓動する」と言います。

  この視力を失った人の研ぎ澄まされた感性に驚愕します。

 三宮 麻由子さんは、「生かされていることの偉大さ」を言う。吉野弘さんの詩の一節には、「生きていることのなつかしさ」がある。


 海のざわめき、潮の満ち引き、小川のせせらぎ、風のささやき、夜明けの黎明、日の出の耀き、地平に沈む夕陽等々、自然が奏でる、大いなる癒しのメッセージ。

 人間が、自然とともに暮らせなくなって久しい。

 学歴と競争社会を生き抜くための知識は、夜明けから日没まで、自然の暮らしから離れてしまい、人を不幸にするのかもしれない。

 人は、機械が刻む「時」ではなく、自然の息吹と鼓動が刻む「時」を忘れてしまったのかもしれない。

 太古より、人類は、夜明けから日没までの「時」の中で生きてきた。昼夜24時間、際限なく活動すことは、自然や宇宙の定めに反しているのかもしれない。

 自然に包まれ、自然が奏でる「時」と「生命」の中で生きることが、本来の生命活動ではないのか。

 機械が刻む「時」は、不可逆というエントロピーから逃れることはできない。しかし、自然のサイクルの中を流れるユックリズムには、四季の移ろいや、干支、或いは還暦等々には、再びもとに戻る循環サイクルがある。

 世界の人口増加が、地球が持つキャパシティーを超えてしまい、自然とともに暮らせない悲劇があるのだろう。

 現在の世界人口は約75億人、立花隆さんは、地球が人口を賄えるキャパシティーは50億人くらいだという。

 増大する人口に対応するための、遺伝子組み換えや農薬づけの食糧増産が大地を破壊する。

 環境破壊によるスモッグ、PM2.5などの大気汚染で、澄み切った空気が吸えない。原因は過剰なエネルギー消費である。

 1960年代、世界からヒッピーが、インドに集結した。自然に帰れ、文明への警鐘であったのかもしれない。

 人間の一生の間にする呼吸数は、6~7億回と言われています。せかせかと呼吸をすると、寿命を短くします。インドヨガの修行者は、一分間一回と言われています。瞑想と呼吸の修行により心身活性化を身に着けるといいます。

 ゆったりと呼吸をすることで、脳内のセロトニンが増え、60億個の細胞が活性化されるといいます。呼吸とは、字のごとく、吐いてから吸うことです。特に、朝一番窓を開けて、肺の中の汚れた空気を出し切ってから吸気するのが良いと言われています。

 吐いて吸う、という十分な呼吸をするためには、肺をカラにしないと、吸気の効率が60%くらいに落ちると言われています。深呼吸とは、十分に吐いて、新鮮な空気を吸うことです。


 環境破壊、異常気象を乗り越え、原点回帰、地球再生に、人類の命運がかっている。

 子供のころに歌った、夜明けの歌、夕焼けの歌を懐かしく思い出す。都会の喧騒の中から逃れて、海、山、川の自然の中で暮らすことは、エリート、学歴社会から見て、脱落者ということなのだろうか。

 知識、情報過多の社会で生き抜くことが、幸せなのだろうか。


 椰子の実

 名も知らぬ 遠き島より

 流れ寄る 椰子の実一つ

 故郷の岸を 離れて

 汝(なれ)はそも 波に幾月


 遠い日に、海辺の砂浜で、どこからともなく聞こえてきたのは、あの懐かしい唄と渚のざわめきであった。


 三木成夫氏の「胎児の世界」によれば、

 30億年も前、人類の原初の生命体は、海から陸へ上陸する前の渚で暮らした太古の生命記憶を持つという。
 

 海辺の砂浜で、潮風と波のざわめきに身をゆだねれば、遠い太古の記憶、母の胎内で聴いた子守唄、渚のざわめきが甦る。

 海洋汚染やプラスチックゴミ漂着が危機的状況である。資源枯渇も深刻である。

 今、海辺に流れ来るは、ヤシの実ではなく、大量のプラスチックゴミである。我々は今、何をしなければならないのか。

 青い波の地平からやってくる頬を過ぎ行く潮風により、人が心身共にリフレッシュされる日は、いつやってくるのであろうか。


参考図書


 

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))
胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))三木 成夫

中央公論新社 1983-01
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宇宙の絶対原理 [社会]

my challenger's log Ⅱ 2冊目

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「人生あまり難しく考えなさんな。暗かったら窓を開けろ、光がさしてくる」中村天風

 仏教は、釈尊の自己救済(自分のさとり)を極める小乗仏教と、自己救済より脱却し、広く一般の他者救済を目指す(利他行)の大乗仏教がある。大乗仏教には、禅宗、真言宗、天台宗、浄土真宗等々がある。概ね、日本で活動する宗派は、大乗の流れをくむ。

 大乗仏教では、慈悲の心を持ち、利他行、自分の幸せより、他者、隣人の幸せを願うものであるという。


 密教の大教主、大日如来は、宇宙の絶対原理の現れだという。その説法は、宇宙、神羅万象、人間等々多岐にわたり真理を極めた。

 人間は、宇宙エネルギーの中で、関わり合い、生成進化をたどり生かされている。昨日の自分は、今日の自分ではなく、明日の自分は今日の自分ではない。留まることはない。

 自己は常に、実体がなく、他者、自然と関わり合い、生成流転、移ろいゆく。ここに生物の進化、再生がある。

 釈迦は、大日如来より、悟りを開く法を伝授され、菩提樹の木の下で、人間の煩悩、生老病死の苦しみを乗り越えるため瞑想にふけり、悟りを得た。

 釈迦の開眼は、自己救済という仏法でした。この自己救済から、他者の救済(利他行)まで広めたのが、大日如来の一番弟子、釈迦から、約500年あとの竜樹(竜猛菩薩)と言われる。ここで大乗仏教の指針が確立されたと言う。

 この後、さらにインドで密教が確立したのが、400年後だという。大日如来の第八祖の空海(弘法大師)が、唐の青龍寺での修行後に、密教を日本に持ち帰り、西暦806年以降に真言密教を開祖したという。

 西暦520~527年頃、インドから中国へやってきて禅を布教したのは、インド人仏教僧、釈尊の第二十九祖菩提達磨だとされる。

 達磨大師は、中国、少林寺の洞窟内で面壁九年の座禅の修行を行ったとされる。「壁のように動ぜぬ境地で真理を観ずる禅」(Wikipediaより)という意味らしい。

 達磨大師が布教した禅は、大乗仏教の流れをくみ、日本に持ち帰った曹洞宗開祖、道元によれば、「天地同根」、「万物一体」の宇宙観である。修行により自己を忘れ、自己から脱却し、全身全霊をもって生きることであるとされる。

 この生命が耀き、躍動するとき、人間には宇宙エネルギーが注がれ、宇宙と一体となるという。

 道元は、「1225年、中国曹洞禅の、只管打坐の禅を如浄から受け継ぎ、曹洞宗禅師の天童如浄より印可を受ける。1228年 帰国 1244年、福井に大仏寺建立、1246年、永平寺に改める。」(Wikipediaより)

 禅の漢字は、しめすへんに、単である。単純明快、簡単明瞭、シンプルな宇宙観であるということであろうか。しかし、道元禅は容易ではなく、難解である。

 禅の公案に、「隻手(片手)の音を聞け」、「風は何色か」がある。片手に音はない、風に色はない、と言わずに、心眼を研ぎ澄まし、深く思索するのが禅の心の第一歩だという。

 禅宗や密教が取り入れる、座禅、瞑想はヨーガの修行の一形態に相通じる。

 中村天風は、インド、ヨーガの大聖者、カリアッッパ師に師事し、ヒマラヤの奥地ヨガの秘境の滝のそばで、3年間の難行苦行の末、不治の病、結核を自然治癒させた。自己を無にし、瞑想中に、ふと滝の轟音が消え、天の声が聞こえたという。

 天風が聞いた、天の声なき声は、自己の生命と宇宙エネルギーの生命力がつながり、自己の生命の中に、宇宙エネルギーが注がれた一瞬であるという。その後、天風は「心身統一法」の導師となり、多くの支持者(東郷平八郎、双葉山、松下幸之助、稲盛和夫、永森重信、広岡達郎等々)を得て、92歳の生涯を全うした。

 
 「バカな奴は単純なことを複雑に考える。普通の奴は複雑なことを複雑に考える。賢い奴は複雑なことを単純に考える」

 京セラ、稲盛和夫会長の名言である。ソニー創業者、井深大氏も、複雑な技術は、まず、ものにならない。単純明快な技術がいい、という。

 中村天風は言う。「人生あまり難しく考えなさんな。暗かったら窓を開けろ、光がさしてくる」

 人間、宇宙を見据える賢者の名言であろうか。宇宙、自然の恩恵を頂き、生命の躍動と感動の中で、感謝の日々を送りたいものである。



 参考図書

 





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