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氷山の一角、見えるもの、見えざるもの。 [社会]

my challenger's log Ⅱ 2冊目

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 「星とタンポポ」

 青いお空のそこふかく、

 海の小石のそのように、

 夜がくるまでしずんでる、

 昼のお星は目にみえぬ。

 見えぬけれどもあるんだよ、

 見えぬものでもあるんだよ。

 「金子みすゞ詩集より抜粋」


 「氷山の一角」という言葉がある。すべての現象は、見えるものと、見えないもので成り立ち、同じものの中に、二つの側面を持つ。

 コインに表裏があるように、見えるもの、見えざるものは、表裏一体であり、見えない隠されたものの真実を見抜くことが重要なのかもしれない。

 例えば、氷山など、海面上に見えているものより、海面下の見えない部分の方が大きい。

 世の中、見えているものより、見えない闇の部分の方が大きい。スイス銀行の闇、パナマ文書の闇など、通常の社会では見えない闇の部分の方が大きい。

 北朝鮮、イラン等々、核開発の裏側、スイス銀行、リヒテンシュテイン、モナコ等々のマネーロンダリングの闇の実態も、表側からはほとんど見えない。

 スイスは、表向き観光と工業立国である。スイスの工作機械は精密時計工業を支えるだけあって優秀で、納期8年を要するものもあると聞く。

 しかしスイス銀行を取り巻く、ヨーロッパの小国、リヒテンシュテイン、ルクセンブルク、モナコ
公国はマネーロンダリングの連鎖として、闇の顔を持つという。


 リヒテンシュテインは、、人口31,000の小国で、銀行が乱立し、最近、タックスヘイブンとして
租税逃れのためのペーパーカンパニーが多く表舞台に登場してきた。


 国家財政の一部になるほど切手の売り上げ収入がある国である。


 この闇のトライアングルの連鎖を通りスイス銀行の秘密口座は、麻薬、武器、密輸等の裏資金を
一手に引き受ける。決して表からは見えない。


 表向きに見えるのは、アルプスの美しい山々と、鳩時計(映画、第三の男の冒頭で、オーソン
ウエルズが吐くあの名セリフ)だけである。

 吾々が、花を見るとき、人それぞれの想いがある。美しい思いなのか、悲しい思いなのか、心の中は分からない、見みえない。花が咲いているという世界は、花が見える世界と、見えない心の世界の二つの側面で成り立つ。

 サン・テクジュペリは、「星の王子さま」の中で、「大事なものは、目に見えない」と言った。

 奇跡の無農薬リンゴを栽培する木村秋則さんは、「大切なことは、目に見えるリンゴの花、葉、枝ではなく、目に見えない土の中の微生物や養分にあった」と言います。


 「赤い楯」 ロスチャイルドの謎 広瀬 隆 

 この世界を席巻するロスチャイルド財閥にまつわる壮大な物語の中に、「SOSタイタニック」の一項目がある。氷山に衝突し沈没した悲劇である。

 「1900年初頭、南アフリカの金鉱に進出し、アメリカ一の鉱山王と言われたのがグッゲンハイム家であった。

 ベンジャミン・グッゲンハイムは、その夜単身でタイタニック号に乗船していた。やがてタイタニック号の沈没がはっきりしたころ、アシスタント・スチュワードのジェームズ・エッチズに妻への遺言を託した。

 それはただ、一枚の紙に書かれた短いメッセージだった。

 ーもし私の身に何か起こったら、私は最善を尽くした。 とニューヨークにいる妻に伝えてくれー

 その言葉通り、ベンジャミン・グッゲンハイムは、海に呑まれ凍るような寒さのなかでこの世を去ったのである。

 後年、娘が子供をもうけた時、その長男にまずシンドバッドと名付けたのは、父の無念の最期を想ってのことだろう。

 グッゲンハイムは紳士として死ぬことを望み、わざわざ夜会服に着替えると、救命具をはずしたままタイタニックと行を共にしたのである。」

 人間の名誉と誇りに対する高貴なる精神を身に付けた、まさに紳士としての立派な最後であった。

 「一方、タイタニック号のオーナー、J・ブルース・イズメイ氏は、最後の救命ボートに強引に乗りこみ、多くの女性や子供を置き去りにし、自分だけ助かった。遺族たちの轟々たる非難を浴び、オーナーとしての名声はタイタニック号とともに海の藻屑と消えた」という。「」内、赤い盾より引用。


 人の真価は、ひとの見ていないところで、いかに正直か、努力をするか、人に尽くすかにかかっている。影日向、表裏の無い正直な人間でありたいと願う。

 見えていないものの真実を見抜く見識を、身に着けたいものである。


参考図書







何故かジャズ されどジャズ







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勝負の勢い、流れを引き寄せる! [社会]

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 世の中、格差社会、差別化があり不公平だという。かっての民主党は、朝食を取ることが憲法違反だと言った。強制をすることが憲法違反に当たると言う。こんなピンボケの主張をするのが民主党だ。この流れは、その後の今の野党に受け継がれ続いている。

 国会では、きな臭い世界情勢を横目に、モリカケ問題を一年近く延々と議論している。この程度の能力しか持ち合わせない人間の集まりなのだろう。日本の明日はどうなるのだろうか。

 人間の能力は多様で、時として不公平でもある。塾にもいかず、ピアノや野球に興じ、東大に一発で合格する人間がいる。

 林修氏が言う、生まれつき良き地頭を持った人間である。才能、能力は、各自不公平である。近頃話題の将棋、藤井聡太七段は、まれにみる自頭、才能に恵まれた人間であろうか。

 人間社会の不条理を認識しつつ、絶え間なく、自己の研鑽と向上を目指す人間こそ、明日の豊かな人生を送ることが出来るのであろう。

 勝負である以上、スランプや負けが続くこともある。この逆境を跳ね除ける強靭な精神力も必要であろう。  

 凡人と天才、生まれ持った格差であろうか。しかし、藤井七段は、桁違いの努力と向上心を持っているようだ。師匠に負けて当然なのに、悔しくて泣き続けたという。

 囲碁や、将棋は、先の局面への読みの精度が、深く的確であることが必須である。まさった方が勝つ。

 これだけではない。この読みに、勢いと流れがある。これをうまく捉える肚、自然体が必要なのだ。

 近頃の若者たちは、AI将棋で勉強すると聞く。かって、故米長九段は、AI将棋と対戦したことがあった。

 米長九段は、AI将棋のプログラムに入っていないだろうという指し手、白6二王を第一手に指した。この手は将棋の定石にはない。

 中盤まで、米長九段が、圧倒的有利に進んだが、この勝負所で、白4四歩と勝負を避ける手を選んだ。

 この手が、勝負の勢いと流れを止めた消極手になった。前に出る手と、引く手の選択を誤ったのだ。

 この局面を境に、コンピューター側に一気に押し切られてしまった。

 ずいぶん前の話になるが、大山、升田名人戦で、やはり中盤の難所で、升田が、角を出る手と引く手で、角を引いた手を指した。引く手も悪手ではないが、消極手であった。ここから局面の流れが変わり、升田が負けた。

 守る受け手は、勝負を避ける手ではなく、次の攻め手を秘めた狙いを持たねばならない。

 かって、升田九段は、野球も、9回の裏に、負けていても、満塁ホームランで逆転の芽がなければ、勝負にはならない。逆転の機がない試合は、勝負ではなく、稽古であるという。

 勝つために、向上するために、常にエネルギーを費やす勝負手を放つ人間が、勝ち組になるのではないだろうか。

 人間対人間の勝負では、気合強さが勝負を分ける。そこが勝負の面白さだ。残念ながら、コンピューター将棋には通用しない。

 社会の成功者が、常に自頭を持っているわけではない。多くの吾々凡人たちも、絶え間ない努力次第では成功者になり得るのであろうか。

 生活のために仕事をするのではない。良い仕事とは夢の実現に向かって、自己を向上させ、社会に貢献奉仕するためにやり抜くものだ。

 格差社会というなかれ!才能の差は別にして、格差は努力不足の反面教師なのかもしれない。


参考図書










何故かジャズ されどジャズ


 
   


   






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